京都市乳腺外科「仁尾クリニック」
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術後の治療

乳房温存療法を行った場合、心配なのは癌の取り残しや、 切除した場所以外にも画像診断では見つからなかった癌細胞が潜んでいることです。 それらが再発や転移の原因となるからです。手術後の切除した癌組織を顕微鏡で調べると、 温存療法を受けた患者さんの20 - 30%に癌細胞が残っていることが明らかになっています。
そこで、温存療法を行った場合、温存した乳房に放射線をあてることで、乳房局所の再発率が2 - 3%程度に抑えられます。 一方、全身に転移しているかもしれない乳癌細胞を殺したり、増殖しないように抑える全身療法が必要です。この全身療法は薬物療法により行なわれます。

薬物療法には、化学療法(抗癌剤)と内分泌療法(女性ホルモンを抑制する療法)があり、最近ではこれらに加えて分子標的療法が行なわれるようになりました。この3者を組み合わせて術後の治療を行いますが、どのような治療法を選択するかは、個々の患者さんで異なります。
通常は、リンパ節転移の有無、ホルモン感受性の有無、組織学的悪性度、HER-2蛋白発現、年齢などを組み合わせたリスク分類に基づく治療ガイドラインに準拠して行うのが一般的です。

当院では、国際ガイドラインを参考にして、独自の経験と治療成績に基づいた術後療法を行なっており、特に臨床病期がstage 1と2Aの患者さんには副作用の少ない療法を行なっております。 リスク分類による治療ガイドラインにはいろいろありますが、よく用いられる St.Gallan expert consensus meetingの推奨指針をわかりやすいように日本語になおして表に まとめましたので、参考にしてください。

放射線療法

前述のように、温存手術後の乳房照射は温存乳房内の局所再発を予防するために原則として行ないます。一般的には、乳房に手術のダメージが残っている術直後は避け、3-6か月以内に行なわれます。当院では通常、術後1-2ヶ月から開始しています。乳房温存後に行う放射線療法は、乳房に照射するため、全身への影響はあまりありません。ですから、脱毛もありませんし、食欲が低下することもほとんどありません。しかし、体型や癌の位置によっては、肺の一部に放射線があたるため、放射線肺炎を起こすことがまれにあります(1-2%の頻度といわれています)。また、皮膚の弱い人では、海水浴の後のように皮膚炎がおこる人もありますが、軟膏治療により通常2週間くらいで治ります。

1970年代に行われたアメリカの臨床試験の結果では、温存手術後に放射線照射をしなかったグループの再発率が35%であったのに対し、放射線照射を受けたグループでは10%であったと報告されています。
最近のオランダの臨床試験では、温存手術後に放射線照射をしなかったグループの再発率が45%であったのに対し、放射線照射を受けたグループでは5%であったと報告されています。
日本では、放射線照射をしない場合の再発率は明らかではありませんが、放射線照射をした場合の局所再発率は2-5%程度と報告されています。

腋窩リンパ節に転移がみられる場合、腋窩照射を追加することがあります。さらに腋窩の奥の方にまで転移がみられる場合は、鎖骨上窩照射を追加することもあります。これらの放射線照射により局所再発率が約1/3(1/2-1/5)に低下します。

最近の欧米の報告では、腋窩にリンパ節転移があっても、腋窩郭清をせずに放射線治療を優先させる方が、治療成績が良好である事が判明しており、本邦でも同様の方針をとる施設が20−30%あることが判明しています。

乳房切除をした場合でも、腋窩リンパ節に転移がある場合、胸壁と腋窩照射をすることで再発率が低下します。また、皮膚浸潤のある乳癌では、皮下のリンパ管に沿って癌が広がっている事が多く、乳房切除を行っても局所再発予防の為に放射線照射が必要です。

 術後に薬物療法、特に化学療法と放射線照射のどちらを先行させるのか、また同時に行う方がよいのかについての結論は出ていません。しかし、リンパ節転移がある場合のように、潜在的にどこかに遠隔転移が存在すると考えられるような場合には、化学療法を先行させるべきとの考え方があります。
また、局所再発、リンパ節再発、骨転移に対しても放射線照射は、局所制御、疼痛管理の点で有用ですが、生存率を向上させる効果はないとされています。


薬物療法

前述のように転移・再発予防のための全身療法は薬物療法により行なわれ、薬物療法には、化学療法(抗癌剤)、内分泌療法(女性ホルモンを抑制する療法)、分子標的療法があり、これら3者を組み合わせて治療を行います。

  

a. 化学療法

乳癌は化学療法が比較的奏効する癌です。

現在主として使用されている薬剤は、

注射薬としては、
アントラサイクリン系は、ドキソルビシン(アドリアシン)エピルビシン(ファルモルビシン)が、
タキサン系はパクリタキセル (タキソール)、ドセタキセル (タキソテール)、およびアブラキサンが、
代謝拮抗剤では、5-FU(5-フルオロウラシル)ゲムシタビン(ジェムザール)が、
アルキル化剤はシクロホスファミド(エンドキサン)、マイトマイシンが、
ビンカアルカロイド系では、ビノレルビン (ナベルビン)が用いられます、
 その他、抗腫瘍性アルカロイドのイリノテカン(トポテシン)や海綿由来有機物質エリブリン(ハラヴェン)、白金製剤のカルボプラチン (パラプラチン)も使用されます。
 以上のうち、アントラサイクリン系薬剤とタキサン系薬剤、さらに5-FUやシクロホスファミドが1次治療の標準薬として用いられます。多くの抗癌剤はいずれも脱毛という副作用がありますが、 ゲムシタビン (ジェムザール)ビノレルビン (ナベルビン)は脱毛が少ないという特徴があります。また、最近発売されたカドサイラ (トラスツズマブエムタンシン)という抗体と抗癌剤の複合剤も脱毛がないのが特徴です。

経口薬(飲み薬)としては、
UFT(ユーエフティー)、デオキシフルオロウリジン(フルツロン)、シクロフォスファミド(エンドキサンP)、カペシタビン(ゼローダ)、TS-1(ティーエスワン)などの薬剤があります。

これらの薬剤の単独投与や併用療法など、患者さんの進行度や病状に合わせて様々な組み合わせを用いて治療します。

化学療法、特に注射薬には、脱毛、全身倦怠感、末梢神経障害、口内炎などに加えて、骨髄抑制や肝障害などの、時として致命的になるような副作用があります。
一方、経口薬も、手足症候群、口内炎、下痢、末梢神経障害、味覚・嗅覚障害、膀胱炎などの副作用がみられます。
いずれにしても、定期的に血液検査を行ないながら、注意深く治療を行う必要があります。

抗癌剤の副作用のうち、嘔気、嘔吐、全身倦怠などは、優れた予防薬が開発されたため、ほとんど問題にはなりません。
また、骨髄抑制も白血球増多因子などの開発により問題となる事はほとんどありません。
ただ、脱毛は未だ有効な治療法や予防法がないのが現状です。しかし、治療が終了すれば、通常2−3ヶ月で元通りに回復します。当院では、脱毛の予防として、頭部を冷やして頭髪への血流を減少させて、頭髪への抗癌剤の影響を減らすダンクールキャップなどを用いています。
末梢神経障害もいまだ有効な治療法や予防法がないのが現状です。タキサン系薬剤の投与でしばしばみられますが、タキサン系薬剤の投与の際に手足を冷やして抗癌剤が指先に流れにくくする方法が有効との報告もあり、当院でも採用しています。


b. 内分泌療法

乳癌の60-70%が、女性ホルモンの影響を受けて増殖します。 そのため、女性ホルモンの作用を抑えたり、女性ホルモンの分泌を抑制すれば、 乳癌の増殖を抑えることができます。このような治療法が内分泌療法です。

この内分泌療法は女性ホルモンの影響を受ける乳癌、 すなわち女性ホルモンの受容体がある場合に有効ですので、女性ホルモン受容体があるかを調べることが大切です。
基本的には2種類の女性ホルモン、エストロジェンとプロジェストロンの受容体について検査を行ないます。

内分泌療法の基本薬剤は、タモキシフェン(ノルバデックス)というエストロジェンとその受容体の作用を抑制する薬です。 タモキシフェンは閉経前と閉経後の両者に用いられ、術後補助療法としては早期症例やリンパ節転移(-)例には5年間、リンパ節転移(+)などの高リスク例には5年以後も継続投与することが有用であるとされています。最近の欧米の報告では、リンパ節転移がなくても、7−8年、さらには10年の継続投与が有用である事が判明しており、本邦でも今後は長期投与が常識となると思われます。

タモキシフェンの最大の問題点は、副作用として子宮内膜の増殖を来す事で、このため、長期投与により子宮内膜癌、子宮体癌が発症することがあります。同じ系統の薬剤としては、トレミフェン(フェアストン)がありますが、術後の補助療法としてよりも、転移・再発症例に使用する事が多い薬剤です。

これに対し近年は、閉経前のホルモン受容体(+)の早期症例には、 脳下垂体に作用して卵巣からの女性ホルモンの分泌を抑制するLH-RHアナログという薬のゴセレリン(ゾラデックス)やリュープロレリン(リュープリン)の投与が推奨されています。

さらに、閉経後のホルモン受容体(+)の早期症例には、タモキシフェンよりもアロマターゼ阻害剤という副腎から分泌される男性ホルモンを女性ホルモンに変えるアロマターゼという酵素を阻害する アナストロゾール(アリミデックス)、エキセメスタン(アロマシン)、レトロゾール(フェマーラ)の方が推奨されています。
アロマターゼ阻害剤もタモキシフェン同様に5年以上投与する事が望ましいとされていますが、アロマターゼ阻害剤は、 骨塩を低下させる副作用があり、骨粗鬆症を引き起こすことがあるため、65才以上では、骨塩を測定しながら服用する必要があります。

また、タモキシフェンを2-5年投与し、その後はアロマターゼ阻害剤を投与する交代療法も推奨されています。

その他、プロゲステロン製剤のメドロキシプロゲステロン(ヒスロンH、プロゲストン)も用いられます。また、メピチオスタン(チオデロン)もエストロジェンとその受容体の作用を抑制する薬剤ですが、男性ホルモン様作用が強いため、近年はあまり用いられていません。両者とも、他のホルモン療法剤の効果が低くなってきた時などに使用します。

新しい薬剤として、フルベストラント(フェソロデックス)という注射薬も発売されました。癌細胞のエストロジェン受容体を減少させる薬剤ですが、閉経後乳癌で他のホルモン療法剤の効果がなくなってきた場合に用いられます。

内分泌療法はホルモン受容体陽性乳癌に対する最も重要な治療法ですが、長期間の治療中に効果がなくなってくることがあります。これを耐性出現と言います。多くの場合は薬剤を変更する事で治療の継続が可能ですが、薬剤の変更を行っても効果がないことも多々あります。そのような場合、最近発売されたフルベストラント (フェソロデックス)に変更したり、併用する事で耐性を克服できることがあります。
また、癌細胞の分裂、血管新生および細胞代謝の調節において重要な役割を果たすmTORというタンパクを標的とするmTOR阻害剤であるアフィニトール (エベロリムス)という薬剤を併用する事で耐性が克服できることがあります。乳癌内分泌療法耐性のメカニズムの一つとして、PI3K/AKT/mTOR経路の過剰活性が考えられており、内分泌療法にアフィニトールを併用することで、内分泌療法への抵抗性を克服することが期待できるとされています。非常に高価である事と副作用が強い事が問題です。

さらに、これらの方法でも全く効果がなくなって来た場合、古くからある方法ですが、男性ホルモンを投与したりすることもあります。また、逆に女性ホルモンであるエストロジェンの投与が奏効することがありますが、一般的には行われておりません。

内分泌療法は化学療法に比べて、致命的な副作用はないのですが、女性ホルモンを抑制するため、 更年期症状とよく似た症状が出ます。
ほてり、のぼせ、いらいら、発汗、震え、体温調節がうまく行かず暑さや寒さに敏感になり、抑鬱症状や、不安神経症のような症状が出ることもあります。 また、関節痛が出る人もあります。
さらに、しみ・そばかすが増えたり、膣乾燥症や掻痒症に悩む人もいますし、高齢者では骨粗鬆症も問題となります。


c. 分子標的療法

乳癌の分子標的療法として従来保険適用されていたのが、トラスツズマブ(ハーセプチン)ラパチニブ(タイケルブ)で、これらに加えて、ベバシズマブ(アバスチン)ペルツズマブ(パージェタ)の2種類の薬剤の保険適用が追加され、最近、カドサイラという薬剤が保険適用に加わりました。


 ハーセプチン、タイケルブ、パージェタ、カドサイラは、HER-2というタンパク質が強陽性の乳癌に投与されます。

 ハーセプチン(トラスツズマブ)は、HER2を標的とするヒト化モノクローナル抗体の注射薬で、従来は進行再発例に限って投与していましたが、現在は術後補助療法の1つとしてHER-2強陽性のHigh risk例にも投与されます。
重要な副作用としては、心毒性があげられます。

 タイケルブ(ラパチニブ)は、チロシンキナーザ阻害剤で、HER2とHER1を選択的に阻害する経口薬剤で、手術不能または再発例に対して用いられます。
重要な副作用としては、下痢や皮膚障害があげられます。通常はゼローダという経口抗癌剤と併用して用いられます。

 パージェタ(ペルツズマブ)は、ハーセプチンと同様にHER2を標的としたヒト化モノクローナル抗体の注射薬です。ハーセプチンとは異なるHER2の部位を標的としているため、ハーセプチンの作用を補完すると考えられています。パージェタは、HER2がHER3と2量体を形成するのを阻害する事で、細胞の増殖シグナルを遮断すると考えられています。従って、ハーセプチンと併用されます。
 特に、ハーセプチンに対する耐性が出現して来た場合に併用されます。重要な副作用としては、ハーセプチンと同様、心毒性があげられます。

 アバスチンはVEGF(血管内皮細胞増殖因子)を標的とするヒト化モノクローナル抗体の注射薬で、再発・手術不能乳癌に対して用いられます。通常は抗癌剤のパクリタキセル (タキソール)と併用して投与されます。
重要な副作用としては、出血(肺、消化管、脳など)、高血圧、血栓症、心毒性などがあげられます。

カドサイラは、ハーセプチンと抗癌剤であるチューブリン重合阻害剤エムタンシンの複合体で、通称トラスツズマブエムタンシンと呼ばれます。抗体と抗癌剤の組み合わせによる相乗効果が期待され、一般的には、ハーセプチンに耐性が出現した場合に用います。副作用はハーセプチンと同様ですが、強力な抗癌剤との複合物にも関わらず、脱毛がみられないという特徴があります。非常に高価である事が問題です。


d. 骨修飾剤

 乳癌の転移で最も頻度が高いのは骨転移です。癌細胞はそれ自身では骨を破壊することができず、破骨細胞を活性化する事で骨転移病巣を形成します。そこで、破骨細胞を抑制する薬剤が骨転移の治療に用いられます。現在、ビスフォスホネート製剤と抗RANKLモノクローナル抗体の2種類の系統の薬剤が用いられています。

ビスフォスホネート製剤としては、パミドロン酸(アレディア)ゾレドロン酸(ゾメタ)があり、両者ともに点滴静注で投与され、抗癌剤やホルモン療法剤との併用で用いられます。
抗RANKLモノクローナル抗体としては、デスノマブ(ランマーク)がH24年より保険適用となりました。皮下注射で投与されます。

いずれの薬剤も骨転移による病的骨折、疼痛、脊髄圧迫などの骨関連症状の進行を防止し、遅らせることを目的に使用します。最も重要な副作用は低カルシウム血症で、生命に関わることがあります。また、顎骨壊死も重要な副作用です。